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マリア・ジョアン・ピリス ピアノ・リサイタル
【 2007年11月4日(日) in すみだトリフォニーホール 】
 ゲスト:パヴェル・ゴムツィアコフ(チェロ) *


■ ヒナステラ:3つのアルゼンチンの踊り
        T.年老いた羊飼いの踊り
        U.優雅な乙女の踊り
        V.はぐれ者のガチョウの踊り
■ D.スカルラッティ:ピアノ・ソナタ イ長調 K.208
■ シューベルト:ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 作品120 D.664

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■ シューベルト:4つの即興曲 作品142 D.935より 第2番 変イ長調
        T.Allegro moderato
        U.Andante
        V.Allegretto
■ シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 *
        T.Allegro moderato
        U.Adagio
        V.Allegretto
■ ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
        T.Moderato cantabile molto espressivo
        U.Allegro molto
        V.Adagio ma non troppo-Allegro ma non troppo

アンコール
■ J.S.バッハ(シロティ&カザルス編曲):
   トッカータ・アダージョとフーガ ハ長調 BWV564 よりアダージョ
9月8日の川畠成道さんのコンサートの際に会場でもらった情報チラシの中に「マリア・ジョアン・ピリス 緊急リサイタル決定!」の文字がありました(きちんとしたチラシはまだありませんでした)。

な、何〜?! 今年の秋にこれを聴かずして何を聴くんだっ!!!

―― ということで、この日から私のピリスさん公演までのカウントダウンが始まったのでした。

丁度同じ時期に、ヴァイオリニスト オーギュスタン・デュメイさんとの1990年代のオール・ブラームスプログラムのラジオ録音をいただきまして、これが御2人とも ものすごく素晴らしい演奏で(販売されている御2人のアルバムよりも素晴らしい)、ますます気持ちに拍車がかかったのでした。

私は普段はピアノはあまり聴かず、ピリスさんも主にデュメイさんのパートナーということで聴いている環境でした(ソロのアルバムはほとんど聴いたことがありません)。ただ、デュメイさんがらみのお話をする機会があると、相手の方は必ずと言っていいほどピリスさんを絶賛されていました。「機会があるのであれば、あなたにはピリスさんとのデュオをぜひ聴いてほしい」と。なので、一度生演奏を聴いてみたい…と思っていました。

当日、開場直後にすみだトリフォニーホールに着いたのですが、入口はものすごい人だかり!
ピリスさんの人気を感じずにはいられませんでした。すごい…そして、皆さん楽しみにされていたのだなぁと。そして私もホールに入る前から興奮状態でした(笑い)

「ただ一回のリサイタルが5年振りに実現!」

が、今回のコンサートのキャッチフレーズですから! 1秒足りとも無駄な時間は過ごさないぞ、と。

客層は、男女比率半々だったと思うのですが、普通のコンサートとは少し雰囲気が違いまして。昔からのピリスファンというような御年輩の方、そして品がある…といいますか、私のような一般人(?)ではなくて、上流階級的雰囲気をお持ちの方が多かったです。この説明は適切ではないかもしれませんが、そんな雰囲気が漂っていました。
着飾られた方が多かったということなのでしょうか…

多くの方がブログ等ですでに書かれておりますが、入口でもらったパンフレットには 「プログラム変更のお知らせとお願い」 という紙が入っていまして。

まずは、プログラムが『シューベルト 4つの即興曲 作品142 D.935より 第1番 へ短調』から『シューベルト アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821 (チェロ:パヴェル・ゴムツィアコフ)』 に変更になったこと。

次に、ピリスは前半の曲目を1つの大きな流れとして演奏したいと考えているので、前半は曲間の拍手をご遠慮ください…というようなことが書かれていました。

ふーーーん。音楽にとてもこだわりを持たれている方なのだなぁ…と思いながら席に着きました。
舞台を見ますと、まるで講演会のようにピアノの脇に小さなテーブルと椅子があって、その上にペットボトルの水とコップが置いてありました。しばらくすると、係りの人が出てきてそのペットボトルをもう1本追加しました(爆)全部で2本。そんなに飲むのか?!と、お隣の方と話が盛り上がりました。
そして、ピアノはYAMAHAです。そうでした、ピリスさんはYAMAHAをお使いなのを思い出しました。

舞台にピリスさんが登場すると、大きな拍手が起こりました。
ここまで熱狂的な拍手はなかなか遭遇できるものではありません!
昨年のマリス・ヤンソンス&コンセルトヘボウ、そして今年のパーヴォ・ヤルヴィ&ドイツ・カンマーフィルの時以来でしょうか…リサイタルでは初めてかもしれません。
ちっちゃい! そして笑顔が『 超 』素敵! ああ、来て良かった!!!

1曲目はヒナステラ。とても楽しみにしていました♪
といいますのも、ブログで皆さんが書かれていた情報によると、ピリスさんはヒナステラを弾くというのは意外…というか、とても珍しい組み合わせなのだそうです。なので、楽しみにされていた方が多かったです。そう書かれると、私も楽しみになってしまいまして(笑い)

ピリスさんが最初の1音を弾いた瞬間、ホール全体にピリスさんの音が響き渡って、この音がホールを支配しているようでした。ピリスさんが、ではなくて、音そのものが今目の前にあるもの全てだったのです。上手く言葉で表現出来ませんが、聴き手側の集中度合いを分かっていただけるでしょうか。
ピリスさんの音は、とても優しくて…優しい=弱いというのではなくて、ピリスさん御自身の優しさが音に乗っている、という感覚なのです。「自分の音」ってこうやって観客に伝えていくものなんだ…ってよく分りました。音楽をよく知らない私でさえ、「これはただの音ではない」と感じてしまうのですから。

そして、とても耳に心地よく、すっと自然に音が耳から心に入っていくのです。
曲を知らなくても楽しんで聴くことが出来ますし、何より「音」そのものだけでコンサートが楽しめてしまう、満足できてしまうのです。これは、すごい。
普通は、演奏+演奏する姿を目に焼き付けてコンサートを楽しみます。でも、ピリスさんの音は姿が見えなくても十分なのです。それだけで心が満たされます。
当然、演奏に好き・嫌いの好みはあると思うのですが、今日のコンサートを聴いた方は、自分の好みとしては違うとしても、これはこれで受け入れることができたと思います。これが世界レベルの演奏家っていうものなのだなぁと実感。

ヒナステラについて全体的に言うと、私はピリスさん向きの曲ではないと思いました。個人的にはアルゲリッチさんのアルバムの方が好きでした。
ですが第2曲に限っては、大変素晴らしかったです。
音が重い…というか、音にピリスさんの感情が乗りすぎて 重く・深く感じるわけですが、「音ってここまで自分の気持ちを乗せられるものだったのか!」と。私はこの曲の中では第2曲が一番興味のない部分だったのですが(爆)、一番楽しんで聴かせていただきました♪
また、YAMAHAだからなのか、ピリスさんだからなのか、今回、盛り上がる部分のペダルの踏む時の音が、大変よく聴こえました。ものすごくガンガン踏まれて演奏するものなのですね。迫力が伝わってきました。ヒナステラとベートーヴェンがすごかったです。

続いて、スカルラッティ、そしてシューベルト。ピリスさんの持ち味(恐らく)全開!
先程の少し緊張気味に聴いていたヒナステラと違い、今度の2曲はとても優しい曲。肩の力が一気に抜けました。こういう曲の方が、やはり好きです。
スカルラッティは、この流れでいうと アリアのようで、爽やかな気分になりました。

一度、テープル上に置かれた例の水を飲まれてからのシューベルトは、幸せそうに弾かれていて、もちろん音も幸せそのもので、こちらも思わず笑顔に。
本当、ピリスさんの演奏は心地よく聴けますv 幸せ…
ピリスさんのシューベルトは(他の曲もそうですが)、一般の演奏に比べて速めです。
私は速めの演奏と言われているリリー・クラウスで予習しましたが、ほとんど変わらなかったです。
情緒的な部分はたっぷりと歌い上げるように弾かれますが、その他の部分はさっと弾いてします。こちらも飽きることなくあっという間に1曲を聴くことが出来ます。
すごいのはさっと弾いていながら、それが適当などではなく、きちんとこちらの頭の中に音として残るということ。当然、計算されてのことなのでしょうね。

休憩中は、小さめのCD売り場にものすごい人だかり!
お客様の年齢層が高いからか、皆さん譲り合いの精神とかはあまり無く、なかなか購入するのに大変でした…>先ほどの、上流階級うんぬんの感想はどこへ行ったのかという状態。

後半は、シューベルトが終わると本日のゲスト、チェロのパヴェル・ゴムツィアコフさんが登場。とてもお若い方です。
アルペジオーネはとても有名な曲だそうですが、私は全く知らなくて。
それに、チェロならジャン・ワンさんじゃなくちゃ嫌! そもそも、弦楽器のデュオならデュメイさんじゃなきゃ嫌!!! と、大変我がままな気持ちが私にはあったので、申し訳ないですがそういった先入観で頭の中をこの曲は素通りしてしまいました(爆)

ピリスさんは譜面をピアノの譜台に立て掛けると、いつも映像で見ているのと同じように、眼鏡を掛けました。そして、ポーン、ポーン、とチューニングの音を。デュメイさんとの映像では、いつも首をちょっとまげて覗き込むようにして相手を見るのですが、それは今回も全く同じで(首の角度といい、音の出すタイミングといい)。きゃ〜っ、これ! これ! と、1人で興奮していました。すいません。

前半、ピリスさんはやっぱりソリストなのだなぁ…と思わされっぱなしでしたが、伴奏者としても大変優れた方なのだと感じました。パヴェルさんのチェロはピリスさんと比べると、表現力や色々な面で対等とは言えないと思うのですが、それでもチェロの音・存在を決して消すことなく、自分を主張すること無く、といってあってもなくても同じとかそういうものでもなく、きちんと伴奏というポジションを全うされていました。よく「ピアノが勝つ」とかそういう演奏に出会いますが、それも嫌いではありませんが(笑い)、弾く方が弾けば、そいういう状況はありえないのですね。

パヴェルさんのチェロは、私はチェロの演奏をほとんど聴いたことがないので、上手いのか下手なのか、さっぱり分かりませんでした(悪くはなかったです)。第1楽章は音が出ていないなぁと思いましたが、第2・第3楽章と続いて、最後のアンコールではとても良く音が響いていました。

演奏が終わると、御2人でテーブルに行き、一緒のタイミングで水を飲まれました(笑い) 最初に1本追加された訳はこれだったのですね。
そして、ピリスさんは演奏中の扉の開閉を嫌う方なのか、パヴェルさんは机の横にある椅子に腰かけて、そのまま最後のベートーヴェンを(水を飲みながら!>贅沢な…)、私たちと一緒に聴きました。

今回、一番私が楽しみにしていたのが、このベートーヴェンです!
リヒテルの演奏で予習をして、ピアノソナタってこんなに素晴らしいものだったのか… と31番が大好きになりました。これを、ピリスさんはどのように弾かれるのか、大変興味がありました。

ピリスさんはデュメイさんとのベートーヴェンのヴァイオリンソナタのデュオの時の映像で、「ベートーヴェンの曲は博愛を提示している」というようなことを述べられていて(正確ではありませんが)、デュメイさんは「だからこそ、私たちはベートーヴェンを弾く時には責任を持たなくてはいけない」とお話しされていたのが印象的です。
私はベートーヴェンは精神的な曲だと、色々な曲を聴いていて思います。

なので、色々と簡単ではない重みのある(?)ベートーヴェンですので、パヴェルさんとの何度かの挨拶の後、椅子に座るや否やすぐにこの31番を弾き始めたのには驚きました。
ピアノの前に座ってから少し精神を集中させる時間を作られる方もいらっしゃいますので。
ピリスさんは、ずっとベートーヴェンのイメージを頭に作りつつ、1曲目のヒナステラから弾き続けられていたのかもしれません。そう勝手に想像すると、ますます楽しみに!>妄想が激しい私。

それでピリスさんのベートーヴェン31番はどうだったかと言いますと、もう私の陳腐な言葉では表現不可能なくらいに素晴らしかったです。
ラ・フォル・ジュルネで聴いた、ダルベルト先生のドヴォルザークのピアノ協奏曲(これは今でも頭に焼き付いています)と同じくらいの大変大きな感動をいただいて、頭はパニック状態です(笑い)

特に、私は最後のフーガの盛り上がりが大好きなのですが、期待以上の世界を受け取らせていただきました(感涙)
2度目の嘆きの歌から ジャーン、ジャーン、ジャーン…と連打されてからフーガに続くわけですが、だんだん大きくなっていく、この「ジャーン」がまず素晴らしい。天国への階段が一段一段ずつ目の前に現れていくような感じ。ヴァイオリンではバッハの無伴奏パルティータ2番のシャコンヌが神秘的だと思うのですが、それとはまた違う神秘的な気持ちに包まれました。
そして、その階段の最上階にある扉を開くと天国とも言えるフーガの世界が私たちを待っている訳ですが、それはまるで天使の讃美歌のようでもあり、人類の喜びの歌でもあり、私たちの希望でもあり、とにかくハイテンションになって、それに紛れて(?)自分の悪い部分を消し去ってくれたような気がします。聴き終わった後、自分がリセットされたようでした。浄化された、とでも言うのでしょうか。

弾き終わった後のピアノの前のピリスさんは、今の演奏に自分の持っている体力を全て注ぎ込みました、という感じで、今にも倒れてしまうのではないかと。
(少し拍手が早かったのが残念でしたね。もう少し余韻が欲しかったです…)
でも、ピアノを離れると素敵な笑顔を見せて下さいました。
「ありがとう!」と胸の前で手を組み合わせて礼をして下さった姿は、まるで女神のよう…

これだけの演奏を聴くと、マーラー1番のように、このあとのアンコールは必要ないという気分にさえなります。でも聴きたい… 複雑な心境です(苦笑い)
だからなのか、それともゲストとして出演して下さったパヴェルさんに気遣ってなのか、アンコールは御2人でバッハ。
正直言えば、最後はピリスさんのソロで終えたかったですが、でもこれでもいいかな…と。
素敵なバッハでした。チェロも、今回の演奏で一番音が良かったです。

終演後は楽屋口へ行き、サインをいただきました。どうしてもお会いしたかったので!
大変お疲れだと思うのに、笑顔を絶やすことの無い、素敵な方でした。
声がものすごく可愛いのですよ!>きゃ〜っvvv
とにかく、こんなに素晴らしい演奏と感動をありがとうございました、という気持ちでいっぱいでした。(ほとんど伝えることはできませんでしたが…)
またいつかどこかでピリスさんの演奏に出会えるときがあるといいなと思わずにはいられない、素敵なひとときでした。

Maria Joao Pires

2007年11月10日 記

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