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ワディム・レーピン ヴァイオリン・リサイタル
Vadim Repin Violin Recital  Japan 2006
【 2006年11月20日(月) in サントリーホール 】
 ピアノ:イタマール・ゴラン


■ ヤナーチェク : ヴァイオリン・ソナタ
■ ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 op.108
* * *
■ グリーグ : ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ短調 op.45
■ ショーソン : 詩曲 op.25
■ ワックスマン : カルメン幻想曲

アンコール
■ グラナドス(クライスラー編曲) : スペイン舞曲
■ サラサーテ : ツィゴイネルワイゼン
■ ブラームス : ハンガリー舞曲 第7番
■ ショスタコーヴィチ : プレリュード
楽しみにしていたレーピンさんのリサイタルです。私にとっては初・レーピンさんです!
朝は雨が降っていて とても寒い1日となりましたが、夕方には止み、サントリーホール前の綺麗なイルミネーションが私たちを迎えてくれたのでした。

レーピンさんのお名前はこれまでに何度も聞いたことがあり(ファンの方多いですね!)、私もアルバムを何枚か聴きました。…が、その時はその演奏に、その音色に、『これ』というものを感じなかったのです。他の方たちの演奏と変らないなぁと。何でここまで人気があるのかが分かりませんでした。

それからしばらく経ってから。今から1年半位前でしょうか。
友達のtonicaさんが、「フランクのソナタですごい映像があるから、ぜひ観て!」と渡してくれたのが、2004年の来日時のレーピンさん&ルガンスキーさんのリサイタルの映像でした。
おおっ! 確かに、すごい!!! この映像により、私のレーピン観が一気に変ったのでした(笑い)
まず、がっしりとした大きな体で笑顔がとても素敵な方ですので、弾く前から安心感があります。そして、演奏は完璧。ビブラートも活きていますし、フランクのソナタの第4楽章の盛り上がりなど、本当に素晴らしかったです。と同時にピアニストのルガンスキーさんも、とても良くて、実は今回もルガンスキーさんとの共演を密かに望んでおりました(爆)

その後。昨年の10月18日の読売新聞に、当時来日されていたレーピンさんの記事が載りました。

つい、きらびやかな技巧に目が行ってしまうが、「演奏技術を褒められてもうれしくない」と率直に話す。音楽の表現とは、楽譜に書かれた音符をただ正確に弾くことではない。音符と音符の間に隠されている秘密や、作曲家の感情を正しく読み解き、観衆に伝えることが大事なのだという。
 「言葉もそうですが、表現を豊かにするのは『語彙(ごい)』です。バイオリンにおける『語彙』とは演奏テクニックのこと。演奏家にとってはそれが一番大切です」
 ここでいうテクニックとは、超絶技巧のことではない。聴き手を感心させるのは「コンサートの最後の数分間、アンコールだけで十分」。比類なき超絶技巧の持ち主にもかかわらず、「そこにアクセントを置くのは完全な誤り」と断言する。
 「例えばブラームスの心の奥底に秘められた苦悩を、静かな嵐として表現すること。それは超絶技巧を見せびらかすのとは根本的に違う。どちらが本物の芸術なのか、言うまでもないでしょう」


私はこの記事を読んだ時に、レーピンさんの生演奏をぜひ聴いてみたい、と思ったのでした。
(今回のコンサートも、この意志がとても活きていたものだったと思います。)

なぜ私がここまでくどくど前置きを書いたかと言いますと、自分自身への言い訳でもあるのですが、これだけ前から楽しみにしていたコンサートであるにも関わらず、あのレーピンさんであるにも関わらず、あまり…その、あまり極限まで感動しなかったからです。>きゃ〜っ!!!
自分でも認めたくありませんが、心を素通りしてしまった感じがありました。

首から上は、頭の中では、「すごい! 私は今、とてもすごい演奏を目の前にしてるんだ!」という感覚と興奮はあったのです。でも、首から下は…つまり、心臓の部分ではあまり感じませんでした。
もしかしたらこの今の私の状態が世間一般で言う「感動」と、同じものなのかもしれません。その基準が分かりませんが、でも私は音色を聴いた瞬間、幽体離脱してしまったかのように、一気に気持ちがヴァイオリンの音色の元に行ってしまうかのようなトランス状態(怪しいですけれど、笑い)を求めているのです。期待しているのです。なので、それを考えると「何で、私は…?」という気持ちになってしまったのです。
…きっと、これはオーギュスタン・デュメイ氏の影響です(爆)レーピンさんとデュメイ氏のコンサートの順番が、逆だったら良かったのに…と本当に思います。自分の2006年分の感動は、全て先月デュメイ氏に使ってしまった気がします。困りました。でも、人にはそれぞれの好みがありますから(!)仕方がありませんね。
本当はこのような日は感想を綴らなくてもいいような気もするのですが、自分自身の記憶のために書かせていただきます。御了承下さい。>もし気を悪くされた方がいらっしゃったら申し訳ありません。

さて、舞台の左側の扉が開き、レーピンさんとゴランさんが登場!
真剣な表情のレーピンさん(最初はあの笑顔はありませんでした)とピチピチの黒のタキシードでもなく、ジャケットでもなく…表現が難しい上着が印象的なゴランさんです。御2人の並んだ姿を見ると、ゴランさんが小さく見えました。
レーピンさんは絶対音感をお持ちなのでしょうか(ほとんどのヴァイオリニストの方が持っているものなのでしょうか?)。ピアノの音を取らずにご自身でチューニングされる姿が印象的でした。チューニングというよりも、本日はほとんど弦をポン・ポンと弾いて確認するだけでしたが。

ヤナーチェクのソナタが始まりました。
(今回は、ヤナーチェクの時だけレーピンさんの前に譜台がありました。)
出だしから、やはりすごいです!ヴァイオリンの音に説得力があるというか。
決して大きな動作で演奏をしている訳では無いのですが、体全体でこの1音を出しているのだなぁというのが伝わってきました。安定した演奏です。
レーピンさんのヴァイオリンの音色は、私の好みの音色とは少し違うのですが(爆)、でも聴いていてとても心地よいです。そして、私の想像していたよりも少し細い音色でした(もっと太いかと)。
本日の天候の影響でか、前半はヴァイオリンもピアノも会場全体に音色があまり響き渡らなかったように感じました。私は前の方の席だったのですが、音が届きませんでした。特にピチカートが小さかったような…(後半はよく響いていましたが)

2曲目はブラームスのソナタ第3番です。
先月デュメイ氏も弾かれた3番! デュメイ氏は変更してまでコンサートの後半にこの3番1曲だけを持っていき、とてもアンバランスなプログラムにされていたのが印象深いです。それだけ思い入れの深い曲だったのだ…と勝手に解釈し、それ以来私はこの曲への愛着が湧きました。特に今まであまり好きではなかった第4楽章(ヴァイオリンの美しい音色が潰されるような印象を持っていたので)。今では1番好きな楽章です。演奏家がこの曲への精神を表現するには、そして観客がそれを感じ取るには、この楽章が1番適していると思ったからです。
デュメイ氏は音楽を演奏するには『責任』があると言い、レーピンさんはブラームスの『静かな嵐』を表現したいと言う… どちらもこの3番について語った訳ではないのですが、色々な物事がこの曲には渦巻いているような気がしてワクワクするのです。

レーピンさんのブラームスは、私としては「若いなぁ!」と思いました(これは良い意味での「若い」です)。上手いし、感情も何となく伝わってきますし(とても見たかった、演奏中の笑顔も見ることが出来ましたし!)、激しい部分・柔らかい部分など変化に富んでいましたし 完璧だったのですが、あとは年齢…でしょうか。人生をどんどん深めることによって、このブラームスがより深くなっていくのだろうな、と今後がとても楽しみでなりませんでした。もちろん、今回の演奏も不満はありませんでした。

イタマール・ゴランさんの伴奏もとても素晴らしかったことを言わずにこのコンサートは語れないと思います。ブラームス3番のあの完成度は、ゴランさんのピアノがあってこそ!です。
ピアノの強弱だけでなく、ヴァイオリンとのバランスがとても良かったのです。
ゴランさんのピアノは、以前 庄司紗矢香さんのリサイタルでも拝見したことがあるのですが、演奏スタイルが全然違っていたのでびっくりしました(笑い)
最初はジャン・レノに見えて仕方がなかったのですが、途中からシルベスター・スターローンに見えてしまって(爆)アクション映画を見ているような伴奏でした。ピストル持って犯人を追いかけている刑事、みたいな。もしくは、ピアノの鍵盤がとても熱くて「アチチ」状態なのかな、みたいな。
ちょっとした1音を出すにも、ものすごいリアクションで。そしてその出てくる音が、演奏する姿に関係なく その状況に相応しい1音だったりするので…最初はゴランさんに釘付けでした。
5月のフォル・ジュルネで知ったゴルダン・ニコリッチさん(この方の演奏姿勢もすごい!)とぜひご一緒に演奏していただきたいと思いました。

後半は、逆にそのゴランさんの大きなリアクションに私が疲れてしまい(すごく良く見える席でしたので)、レーピンさんに集中して聴き入りました。…でも、良かったです。

レーピンさんもゴランさんも、欠点というのもが私には感じられませんでしたので、どれも「良かった」としか表現しようが無く(笑い)、あとはそれ以外で感じたことを少しだけ書いておきたいと思います。

後半の1曲目はグリーグのソナタ第1番。
(ここからはホール全体にヴァイオリンとピアノの音色が響き渡りました。)
私のこだわるポイントは、第2楽章の始めのピアノの独奏&ヴァイオリンの入り方。
川畠成道さん&ダニエル・ベン・ピエナールさんの演奏が大変気に入っているからです!
ゴランさんは、最初の独奏部分をゴランさん流に弾かれていました。これはこれで良かったのです。…が、私はやっぱりダニエルさんのしっとりとした落ち着いた始まり方が好きなわけで。
そして、レーピンさんのヴァイオリンの入り方よりも、川畠さんのダニエルさんのピアノに一体化するような自然な入り方が好きなわけで(笑い) 結局は、好みの問題なのかな、と聴きながら考えていました。あまり聴いている最中に他の演奏家と比べるようなことはしなかったのですが、この部分はつい比べて考えてしまいました。
その他で特に印象的だったのは、第3楽章の終りに向って少しずつ速くなっていく辺り…これは良かったですね〜! 盛り上がりましたね! こういう曲の持って行き方もあるんだ、と知りました。会場皆がレーピンさんの奏でる旋律のリズムに乗って興奮したと思います。

ショーソンの詩曲。
初めて生演奏で聴いた曲なのですが、欲を言えばオーケストラで聴いてみたかったです。ゴランさんのピアノも素晴らしかったのですが、時々現実に引き戻されてしまうような時があって。やはりオーケストラの迫力をそのまま表現するのはピアノだけでは難しいよなぁと思いました。(逆に言うと、ピアノとヴァイオリンだけであそこまで表現できることが素晴らしくもあるのですが。)
ピアノ伴奏だからこそ、ヴァイオリンの旋律をはっきりと吸収することが出来たような気もしました。
詩曲ってこういう曲だったんだ…と改めて感じました。ヴァイオリニストの腕が発揮される、難しい曲なのですね。『静』の中の『動』…という感じの曲に思えました。
決して派手では無いけれども、なぜか観客が吸込まれてしまう曲。音の広がりや重なりや、その他色々とヴァイオリンの音色の魅力を知ることが出来ますね。私がこの曲を語るのにはまだ早いというか(笑い)もう少し、聴き込んでから語りたい曲です。
この曲が終わってからの拍手はすごいものでした。納得です…

最後のワックスマンのカルメン幻想曲。この曲はレーピンさんの超絶技巧、炸裂!
速い、細かい、すごい!の3拍子が揃っていました(笑い) レーピンさんもノッて弾かれていました。

レーピンさんは、ヴァイオリンはこんな音色も出せるんだよ〜と教えてくれるかのように、1つのヴァイオリンと弓であるにも関わらず、次々と違う音色を生み出していかれました。なので、いつもの聴きなれていたカルメン幻想曲とは違う曲を聴いているような気分になりました。
かと思うと、聴かせる所はしっかりと深く聴かせて下さいます。まるで、音楽を操っているかのようでした。演奏にとても余裕があるように感じました。ゴランさんとの息も抜群でした(最後の盛り上がりなんて、特に!)。その演奏に、皆が圧倒されました。

アンコールでは、私はぜひ「パガニーニ:ヴェネツィアの謝肉祭」が聴きたかったのですが(!)、今年は演奏されませんでした。
アンコールになっても、レーピンさんの演奏は更に冴え渡っていきます!
>他の演奏家でもアンコールが1番素晴らしかった、というコンサートって多いですよね(笑い)
何という体力の持主なんだ…とびっくりしました。この感じだと、まだまだ演奏可能だったような気がします(爆)ゴランさんがとてもお疲れのようでしたが…
御2人の気持ちに感謝しながら、最後まで聴かせていただきました。

アンコールで印象的だったのは、やはりツィゴイネルワイゼン。
ゴランさんが弾き始めたとたんに、一部から拍手が起こりました。
レーピンさんファンにとって思い出深い曲だったのか、それとも自分が知っている曲だったからなのか…拍手の理由は分かりませんけれども。
レーピンさんもゴランさんもそれに笑顔で答えていました。言うまでも無く、すごい演奏でした。

そして、ゴランさんの激しい弾き方は相変わらずだったのですが(笑い)その激しい動きの影響か、楽譜がペラペラとめくれてしまって…
慌てて譜めくりさんが押さえに来るのですが、「いや、大丈夫だから」とそれを制するゴランさん。そしてまたペラリとめくれる楽譜…という状況が演奏中ずっと続き、レーピンさんの演奏とともに、こちらの状況にも気を取られてしまいました。
次のハンガリー舞曲第7番からは譜めくりさんはいらっしゃらず、ゴランさんは演奏前に一生懸命 楽譜を反対に折っていました。(そんなユーモア溢れるゴランさんは素敵でした、笑い)

最後の方ではスタンディングオベーションも出て、とにかく、拍手、拍手の嵐でした。
意外にも、今回は7〜8割ほどのお客様の入りだったのですが(しかもP席は使われておりませんでした)、皆大満足です!
「すごいね〜!」 という声があちこちで聴こえたコンサートでした。

2006年11月23日 記

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